正しい志を持ち、 人に貢献できる仕事を創る。

私の名前は「正志」。 この名前のとおり、正しい志を持って、人や社会に貢献できる仕事を創ることを、自分の人生の軸としてきました。 順調なことばかりではありません。失敗も、挫折も、遠回りもたくさん経験しました。それでも、人と出会い、考え、行動することで、何度も新しい道が開けてきました。

人生に必要なのは、
与えられた現実を、
自分の手で価値に変えていく力

60歳を迎えた今も、その考えは変わりません。
これから、もう一度。新しい仕事を創る。

私の原点は、ここから始まった。

1966|OKAYAMA
4人兄弟の長男として、岡山に生まれる。
1966年2月2日、岡山市に生まれました。 父方の祖父は熊本、祖母は新潟の出身。母は宮城に生まれました。父と母は東京で出会い、結婚。その後岡山へ戻り、私は4人兄弟の長男として生まれました。
決して特別な環境で育ったわけではありません。
しかし、家族との時間や幼い頃の経験は、後の私の生き方や仕事に対する考え方の原点になっています。

身体の弱かった少年が、野球と出会う。

9 YEARS OLD|野球との出会い
野球が、私に最初の自信をくれた。
幼い頃の私は病気がちで、特に小児喘息に悩まされていました。夜な夜な病院へ運ばれることもあり、両親は「少しでも丈夫な身体に」と願っていました。

そんな私が9歳の頃に出会ったのが、ソフトボールでした。 身体は決して強くありませんでした。それでも夢中になってボールを追いかけました。苦しくても走り、咳が出ても投げる。やがてソフトボールは野球へと変わり、18歳まで甲子園を目指してバットを握り続けました。

野球が私に教えてくれたのは、簡単にあきらめないことでした。

18歳、社会人としての第一歩。

18 YEARS OLD|社会人へ
夢とは違う場所から、私の社会人人生は始まった。
18歳。甲子園を目指した野球生活を終え、社会人としての一歩を踏み出しました。

希望していた就職先は甲子園出場経験者を中心とした採用で、私の願いは叶いませんでした。最終的に選んだのは、片田舎にある工場。ここから私の社会人人生が始まります。

知らない土地、知らない人たち。華やかなスタートではありませんでした。 しかし、そこで再び私を支えてくれたのが野球でした。会社の実業団チームに加わり、当時BクラスだったチームのAクラス昇格に貢献。この経験から、個人の力だけでは成し遂げられないこと、仲間と一つの目標に向かうことの面白さを学びました。 

野球で培った「あきらめない力」は、やがて仕事で人を動かす力へと変わっていきました。

任された仕事から、仕事を創る側へ。

TURNING POINT|新規事業との出会い
ない仕事なら、自分たちで創ればいい。
会社員として現場で経験を重ねる中、私はやがて新しい仕事を立ち上げる機会を得ました。

人を集め、仕事の流れを考え、お客様と話し、現場を動かす。何もないところから一つずつ形にしていく。その経験は、それまで与えられた仕事をこなしていた私に、仕事は「創ることができる」と教えてくれました。

もちろん、思い通りにいかないことばかりでした。それでも、人と向き合い、問題を一つずつ解決し、最後に現場が動き始めた瞬間の喜びは、今でも忘れられません。

私はこのとき初めて、「仕事を創ること」が好きなのだと気づきました。

「いつか自分でやる」が、現実の目標になった。

NEXT STEP|独立への意識
仕事を創れるなら、自分の手でどこまでできるのか試してみたい。
会社員として新しい仕事を立ち上げ、現場を動かす経験を重ねるうちに、私の中に少しずつ「いつかは自分で仕事をしたい」という思いが生まれていきました。

もちろん、最初から経営者を目指していたわけではありません。目の前の仕事に向き合い、人を集め、お客様と話し、問題を一つずつ解決していく。その積み重ねの中で、自分が最も夢中になれるのは、決められた仕事をこなすことではなく、何もないところから、仕事の仕組みをつくること。 それが、自分が最も夢中になれる仕事だと分かってきたのです。

そして、その思いは次第に「いつか」ではなく、「自分でやってみよう」という決意へ変わっていきました。

この経験が、後のエヌ・ファクトリー創業へとつながっていきます。

2004|N-FACTORY

38歳、ゼロから会社を創る。
N-FACTORY創業
自分で仕事を創ると決めたとき、挑戦は現実になった。

そして2004年、私はエヌ・ファクトリーを創業しました。 決して恵まれたスタートではありません。資金も、人も、実績も十分とは言えない中での船出でした。

それでも、自分で決め、自分で動き、自分で仕事を創る。その覚悟を持って、一歩を踏み出しました。

現場を動かし、お客様と向き合い、人をつなぎ、仕組みを整えていく。会社を経営するということは、単に利益を上げることではなく、人と仕事の流れをつくり、価値を形にしていくこと。

こうして私は、“仕事を創る人”としての人生を本格的に歩み始めました。

一つの事業にとどまらず、次の価値を創りたかった。

EXPANSION|新しい事業への挑戦
現場で得た経験を、次の仕事へ。
N-FACTORYを経営する中で、私は「今ある仕事を続けること」だけでは満足できなくなっていきました。

現場で培った人とのつながり、仕事を組み立てる力、仕組みをつくる経験。これらを、もっと別の形でも活かせないか。そう考え、店舗事業や新規サービス、EC、海外販売など、さまざまな分野に挑戦してきました。

うまくいったこともあれば、思い通りにならなかったこともあります。ただ、どの経験にも共通していたのは、何もないところから形をつくることの面白さでした。

そして、挑戦を重ねるほど、私ははっきり分かってきました。

自分が本当にやりたいのは、商品を売ることそのものではなく、価値を見つけ、形にし、市場へつなぐこと。

この思いが、やがてCREOVALOREへとつながっていきます。

2014年、もう一つの挑戦。CREOVALOREへ。

新しい価値をつくり、人と市場をつなぐ。
N-FACTORYで仕事を創り、さまざまな新規事業に挑戦する中で、私はもう一つの会社、CREOVALOREを立ち上げました。

目指したのは、単に商品を売る会社ではありません。まだ十分に知られていない商品や技術、人が持つ力を見つけ、その価値が伝わる形に整え、必要とする人や市場へつなげていくこと。

ECや海外販売にも取り組みながら、「日本にある価値を、もっと広い世界へ届ける」という可能性にも挑戦してきました。

事業の形は時代とともに変わっても、私がやりたいことの根本は変わりません。

人と出会い、価値を見つけ、仕事を創る。

それが、これまでの経験を通して辿り着いた私自身の仕事のかたちであり、CREOVALOREの原点です。
これまでの経験を、次の価値へ。
60歳を迎えた今、私はこれまで積み重ねてきた経験を振り返るだけではなく、もう一度、新しい仕事を創ろうとしています。

N-FACTORYで培った現場力。 CREOVALOREで挑戦してきた、新しい価値を見つけ、市場へつなぐ力。 そして、多くの人との出会いの中で学んだ、人と人との関係を大切にすること。

これらを次の挑戦へつなげていきたいと考えています。 これから関心を持っているのは、地域にある資源や技術、人の力を活かしたものづくり。特に、一次産業・加工・販売がつながる仕事や、職人とともに価値をつくる仕事に可能性を感じています。

大きなことを言うつもりはありません。 ただ、これまでと同じように、人と出会い、現場を見て、考え、まず一歩動く。

年齢を理由に守りに入るのではなく、経験を力に変えて、もう一度挑戦する。


                             それが、今の私のテーマです。 

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Still creating the next value.